地域ケアステーション八千代について

歳をとっても、病気になっても、住み慣れた家で、まちで暮らし続けられる。
人生の最期の時間まで『自分らしく』いられる。


それが当たり前に実現できる世の中になるように、これからの社会に必要な新しい地域ケアを創出し続けます。 

 

​Interview+採用情報

​看護師

災害ボランティアから地域ケアの道へ。

​患者さんやご家族の心に寄り添う「心の看護」を大切に。

​採用情報

​Staff

Interview

訪問看護師 和田

▶ 地域ケアに進んだ切っ掛け

看護師になって10年。訪問看護師としては2年目になりますがきっかけは、2015年の東日本大震災の福島の震災になります。「行かなくちゃ」と思い、ずっとボランティアとして被災地を訪問していました。

夫が、「それだったら」と背中を押してくれ、福島県の看護協会で被災市町村の救済の募集に応募し、仮設住宅を保健師と一緒に回ることになり初めて地域ケアに携わりました。

 

まったく違う市町村で暮らす中、他県から来ている保健師・看護師が多く、「地域」「その人たち」のことが分からない中で手探り状態でした。

今までは、病院に来られた人を看護していましたが、地域ケアに携わる中で、その人たちが、その人らしく、自分たちらしく生きていこうと思うのを支えられる仕事がしたいと思うようなっていきました。

▶ 地域ケアステーション八千代との出会い

大阪にもどり地域ケアステーション八千代の「地域密着の考え」に惹かれ、管理者の西尾さんにがっつり心をつかまれた(笑)

熱くて、やさしい西尾さんの人柄に惹かれました。

 

▶ 地域ケアに携わってみて

地域に「認知症、がんの人たちがこんなにたくさんいる」「独居やふたりなど、わりと孤立して生活している」ことを知り、その方たちを支えるために、わたしたちが居ることを知りました。

 

もっと、患者さんと取り巻く環境、サービスを理解したかったので、ケアマネジャーの資格をとりました。

おひとりのターミナルケアが今の私のルーツの1つになっています。

ご本人も亡くなると思っていなくて、ご家族も急なことで受け入れられていなかった。当たり障りのない看護をして、「心の看護」が出来なかった。

在宅で過ごした、あの人の人生はよかったのかな・・・と。

いつ亡くなるかわならないその人の1日を大切にしたいと思うようになりました。

▶どんな職場ですか?

優しい看護師さんが多いです。教えて頂いた分、新しく入ってきた看護師にお返ししていきたい。

 

色々な看護師が居て良いと思っています。10人患者さんがいたら「ちゃきちゃきした看護師」「優しい看護師」色んなタイプの看護師が10人居たらいいと思っています。

色々な看護師がいて、自分らしい仕事ができる。そしてじっくり患者さんと向き合えるところが八千代の訪問看護の良い所です。

▶ ありたい姿

点滴を失敗した、家族と認識がズレる、ストマが漏れたなど凹むこともありますが、「もう一回チャレンジ!」「行っておいで!」とそれをサポートしてくれる人たちが周りに居てくれます。

そんな中で、自分が何が出来る看護師なのか?と見つめなおし、がん末期の患者さんやご家族のつらい気持ち、納得できないことなどを聴き、その人の残りの人生を、わたしらしい看護で携わりたい、「心の看護」をしていきたいと思うようになりました。

 

知識がなかったので知識を習得することで、患者さんの安心につながるようにしたい。患者さんの悩みに答えらえるように、エビデンスを入れて、咀嚼して、やってみることは大切だと思っています。

認知症の利用者さんが一つ一つ丁寧に生活されているの接し、またじっくりお話しさせて頂くことで自分の行動を振り返り生きることについて教えてもらう機会ともなっています。

 

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​Staff

Interview

訪問看護師 稲田

▶ 地域ケアに進んだ切っ掛け

以前は、大きな病院のICUで働いていました。病院で亡くなる人が多かったり、良くなって病棟に移り、退院したあとどうやって生活しているんだろうと興味を持っていると、再入院した患者さんから「訪問看護を受けている」って話を聴くことがあったり、病院で亡くなった方のご家族が「家に帰してあげたかった」と言われている場面に立ち会ったときに、一番喜んでもらえるのが在宅で、受け皿が少ないのであれば、自分もその一員になりたいと思ったのが切っ掛けです。

▶ 地域ケアに携わってみて

携わって、初めに思ったのが、在宅で療養されている方が呼吸器をつけて生活をされている。在宅でここまで出来るんだと思いました。そして、家族のチカラが一番だと気づかされました。

訪問看護は時間の制限があります。それ以外は家族が、痰吸引や栄養注入など殆ど看護や介護をしている。

家族ありきでないと、家での生活がないと難しく、家族が支えないと家での在宅が難しいんだと。

病院で働いていたときよりも「やりがい」を感じてます。病院では日勤夜勤ローテーションの中で決められた処置をしていく感があったのですが、在宅はそうではなく、どれだけでも個々に応じたことが出来る。

何人か診させて頂いくなかで、その方の人生に寄り添うことなんだと感じるようになって来ました。

病状が進行していくので、進行に合わせて、ケアも変えていかないといけない。

「分かっているけど受入られない」「人工呼吸器や胃ろうなどを選択せず、そのまま亡くなりたいという人」「誤嚥してもご飯を食べたい人」、その方の価値観、ひとり一人の人生、その思いの背景にあるモノを考え続けていく。

「気管切開、人工呼吸器をすると選択した方」「家族の負担になっていると感じ始めている方」に生きる目的を見つける、その人の人生に寄り添える看護師になりたいです。

▶ 小さいころはどんな子どもでしたか?

良く遊ぶやんちゃな子どもでした。宮崎の地元の友だちに「本当に看護師やってるの?」と聴かれます(笑) 

高校卒業するときに進路で悩んでいると、看護師の母親から一言で看護師に。人生分からないものですね。

▶ どんな人が八千代にあっていると思いますか?

夜勤がないからとかだけでなく、目的意識のある人でないと難しいと思います。目的があると皆が応援してくれます。

気にしない人もダメ、気にし過ぎてもダメ、患者さんから何もしていないのに拒否されたりすることもあるので…

 

「受け止めないと‥」だけど、消化できる人。強い人が良いと思います。

 

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​Staff

Interview

理学療法士 片岡

▶ 地域ケアに進んだ切っ掛け

もともと脊髄損傷の患者との出会いをきっかけに、障害者スポーツに関りながら、急性期の病院で働いていました。

入院期間が決まっているなかで「じっくり向き合えない」「家に帰ることを目標にリハビリをしているのに、家での生活の状態が分かりにくい」といったところから、実際の生活の場面で多面的に介入できる地域ケアに関わりたい想いが芽生えました。
 

八千代のホームページを見ていると「難病支援をやっている」という事で「今までを活かしつつ、新しいことにもチャレンジできる」と思い決めました。

▶ 地域ケアに携わってみて

病院にいたときと違い、個々に向き合える。リハビリだけじゃなく、看護師とケアマネジャーと連携し、本人が求めること、家族が求めることにじっくり向き合える。難病は進行していくものなので、ここまで出来ると思っていたことが難しくなる。

ご本人の生きている価値が大切にし、ご家族の負担も考慮しながら、本人・家族が求められる事に向き合い、その時に必要なケア(リハビリ)が必要になる。そのため機能回復することが目的ではなく、機能回復や環境調整を通して、その方の生活をどのように整えていくか?そのような気持ちや価値観で携わっていく事が大切だと実感しました。

外出支援を通して、外の空気に触れることでその方が変わこともある。

気管切開され話すことはできないですが、「人と話す」「意思を伝える」方法を工夫したり、ベッドの上に寝たきりになるのではなく車椅子に乗って外に出るなど少しでも世界を拡げることで、その方が持つ価値観が変わるのを経験しました。

▶ 働く上で大切にしていること

進行性であるがために生じた障害をどうしたら受け入れて、苦痛を緩和して頂けるか悩むことも多いです。当ステーションには、ケアマネジャー、看護師も沢山いるのでよく相談します。

私には見せない顔を、ケアマネジャーや看護師に見せて下さることもあるので、チームでアプローチし、利用者さんの生活を考える事は重要だと考えます。

職種によって分断されていない。日々のコミュニケーションを大切にしています。その中心には利用者さんやそのご家族があり、提供する側の押しつけではなく、ご本人・ご家族の価値観を大切にすることを意識するように心掛けています。

▶ 最後に、小さいころはどんな子どもでしたか?

めっちゃ走り回っていました。

体育の教師になりたいと思って体育科の高校に入学し、そこでスポーツリハビリを知り理学療法士を目指しました。その学生生活の中で障害者スポーツと出会い、足が動かなくても、こんなにステキな生活を送れるんだ。その背景に色々なリハビリがあって外に出る、社会と繋がることができ、その方の生活が充実につながることを知って理学療法士観が変わり、今につながっています。

TEL.072-257-2808(訪問看護) 

TEL.072-257-2809(代表)   

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